嫦娥の詩
2023-10-02


昨日のおまけ。

嫦娥の故事は、日本の民間習俗にはあまり…というか、ほとんど影響しなかった気がしますが、知識層はもちろん文字を通じてよく知っていたでしょう。中でも晩唐の詩人、李商隠(りしょういん、812−858)には、ずばり「常娥」〔=嫦娥に同じ〕と題する詩があり、彼はその耽美な詩風で日本にもファンが多かったらしいので、影響は大きかったと思います。

「常娥」は五言絶句の短詩で、その点も日本人好み。今、岩波の中国詩人選集に収められた高橋和巳注『李商隠』を参考に、当該詩を読んでみます。

禺画像]

 雲母屏風燭影深 (うんものへいふう しょくえいふかし)
 長河漸落暁星沈 (ちょうが ようやくおち ぎょうせいしずむ)
 常娥応悔偸霊薬 (じょうがまさにくゆべし れいやくをぬすみしを)
 碧海青天夜夜心 (へきかい せいてん よよのこころ)

起句 「雲母屏風燭影深 (うんものへいふう しょくえいふかし)」

「雲母の屏風」とは、注者によれば「半透明の雲母を一面に貼りつめた屏風」とのことですが、一寸分かりにくいですね。おそらく下のページで紹介されている「窓」と似た、白雲母を枠にはめて屏風としたものと思います。あるいは家具調度としての屏風ではなく、卓上に置かれた小型の硯屏(けんびょう)を指すかもしれません。いずれにしても、そこに蝋燭が深い影を落としているというのです。

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The Earth Story: Mica Windowより。画像はロシアで作られた白雲母製の窓)

承句 「長河漸落暁星沈 (ちょうが ようやくおち ぎょうせいしずむ)」

「長河」は銀河のこと。「漸く落ち」は、文字通り地平線近くに傾く意にも取れますが、次の「曉星沈む」と対になって、ともに薄明の中にぼんやり消えていく様をいうのかもしれません。一晩中蝋燭を灯し、星を眺め続けた男(作者)の夜想も、ようやくこれで一区切りです。

転句 「常娥応悔偸霊薬 (じょうがまさにくゆべし れいやくをぬすみしを)」

これぞ嫦娥奔月の故事。ここでは自分を裏切った恋人と嫦娥の姿を重ねて、「彼女もきっと今頃、自分の振る舞いを後悔しているにちがいない…」と、いくぶん未練がましい想像をふくらませています。


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