足穂と神戸。
賢治と岩手。
いずれも、その作品世界とホームタウンが不即不離の関係にあった好例です。
足穂にとっての神戸、それは、とびきりハイカラで、エキゾチックで、謎めいて…。
これは彼の脳内で発酵した部分もありますが、現実の神戸もまた、そうした夢を託すのに十分な資質を備えていました。
これから私は「星を売る店」(初出1923年)の世界に足を踏み入れようと思うのですが、それに先立って、まず神戸という街の成り立ちに言及しておくことも、タルホ・ワールドの魅力を探る上で、まんざら無駄ではないでしょう。
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よお、いよいよ神戸行きだってね。
やあ、君か。うん、いよいよ正面からタルホ氏に面会を願おうと思ってね。
そりゃ結構。
でも改めて思うけど、神戸って、よそ者、特に関東の人間には、分かりにくい街だよね。誤解されやすいというか。
別に分かりにくいこともないだろ?人間関係の網の目とか、関西特有の「綾」はあるにしてもさ、要は港町で、ハイカラで…。言ってみりゃ横浜みたいなもんじゃないか。そう割り切って、ずんずん話を進めるさ。
(横浜(左上)と神戸。ウィキメディア・コモンズより)
そこだよ。関東の人はすぐそう言いたがるよね。「神戸って、横浜みたいなもんでしょ」って。異人さんの雰囲気があって、中華街があって、東京と大阪のサイドシティで…。でも、そうじゃない。横浜と神戸じゃずいぶん違う。
へええ。と云うと?
これから話すことは、にわか仕込みの知識だから、そのつもりで聞いてほしい。
よしきた。御説拝聴といこう。
まず神戸と横浜は、幕末に開港し、外国人居留地が設けられたという共通点がある。それが「異人さん」の雰囲気の源流であることは、誰でも知ってるよね。
そりゃ、まあ。
でも、その居留地のあり方が、横浜と神戸じゃずいぶん違ったのさ。横浜は幕府の意向で、外国人をとにかく一定のエリアに押し込んで、日本人と雑居できないような町割りになっていた。言ってみれば、長崎の出島みたいなもんだね。何せ、攘夷騒動で物騒な時代だったし、幕府としても無用な混乱は避けたかったわけさ。
なるほど。
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