さて、以下はためらいを覚えつつも、敢えて書きます。
実は、私はこの『野の天文学者 前原寅吉』という本に多少の違和感を覚えるのです。
もちろん、この本がなければ私は寅吉の存在を知ることすらなかったでしょうし、辛苦の調査の末に、それまで殆ど知られていなかった人物に光を当てた功績は、甚だ大なるものがあります。しかし―。
何というか、私はこの作品の背後に、はっきりとした教育的配慮を感じます(著者の鈴木喜代春氏は、小・中学校の教員をされた後に児童文学作家になられた方だそうです)。もっとあからさまな言い方をすると、この本には、寅吉を素材に「偉人伝」を書きたいという強いバイアスがかかっているように思うのです。
★
物も情報も必ずしも恵まれない環境で独力奮闘した、1人の熱烈なアマチュア天文家が明治時代にいた。それだけで、もう既に十分意味のあることであり、顕彰の価値があることだと私は思うのですが、そこからさらに寅吉を「隠れた大天才」のように祭り上げるのは、それこそ贔屓の引き倒しというもので、却って寅吉の真価を歪めるのではないかと危惧します。
そこで、失礼を承知の上で、あえてこの本の記述を批判的に見てみようと思います。
★
資料がごく限られている中で、伝記を書くとなれば、ある程度想像で隙間を埋めざるを得ませんし、ましてやこれは子供向けの本なのですから、厳密な資料操作よりも、分かりやすさが求められて当然です。しかし、だからこそ、この本の読解には十分注意が必要です。
肝心の天文学上の記述についてもそうです。
例えば、本書には、寅吉が近所の子どもたちに恒星の一生を物語る、次のようなくだりがあります(p.180)。
「太陽だって、ひとつの星であることはまちがいない。いままで五十億年、燃えて光ってきたのだ。あと五十億年たてば赤くふくらんで爆発するか、あるいは小さな星になって消えてしまうのでは、とも言われているんだ。」
このシーンは現代の知識に基づいて書かれた、著者(鈴木氏)の純然たる創作に違いありません。なぜなら、当時の恒星進化論は、現在とは反対に赤色巨星から始まって、徐々に収縮し白色化する系列を考えていたからです。また太陽の寿命も全くの謎でした。
あるいは島宇宙説、あるいはアンドロメダ星雲の大きさと距離。こうしたものに寅吉は圧倒されたことが書かれていますが(pp.80‐82)、この辺の記述もすべて現代の宇宙論に即して書かれています。説明の煩を避けたのかもしれませんが、歴史的事実には反します。
★
寅吉は優れた着想の人だったと思います。そして、当時の高等教育を受けた人以上に天文学の知識が豊かだったのも確かでしょう。しかし、当然そこには自ずと限界もありました。その辺の客観的な評価がないと、寅吉の事績は光を失うと思います。
『野の天文学者』からまた引用させていただきます。寅吉が「天文月報」の応問(質問投稿欄のこと)で質問したくだりについてです(pp.104‐105)。
寅吉はまた、「オリオン大星雲を望遠鏡で見ていたら、小さい二つの星をみつけたのだが、これは大星雲と関係があるのか、それとも遠くはなれた別々の星なのか」
という意味の質問もしました。
オリオンの三つ星の下に、さらに三つの小さな星があります。そのまん中の星が、オリオンの大星雲といわれているガスのかたまりです。
オリオン座には、このほかに暗黒星雲もあります。
セコメントをする