ハリエットの『コロネット号航海録』には、横浜上陸後、人力車を連ねて銀行等で用を足した後、グランドホテルに向かったことが書かれています。
「必要な用事を済ませた後、グランドホテルへ行き、ヨーロッパ風の美味しい軽食をいただきました。ホテルは大きくて快適で、港を見下ろす外灘に位置し、多くの宿泊客がいるようだが、そのほとんどはイギリス人とアメリカ人でした。」
それに先立ち、横浜に投錨直後のこととして、「グランドホテルと書かれた蒸気船が現れ、そのオーナーはトッド教授を旧友と認め、ホテルに招き入れたいと熱望しています。」という記述もあるので、グランドホテル行きはそれを受けてのことでしょう。もちろん宿泊するだけなら、コロネット号の船内でも十分なのでしょうが、それとは別に横浜ではグランドホテルに宿をとったようです。
下はゲリッシュ資料に含まれるグランドホテルのラゲッジタグ。
グランドホテルは明治6年(1873)創業の老舗ホテルですが、その後、関東大震災(1923)で焼失。今の「ニューグランドホテル」(1927開業)は、このグランドホテルとは系譜的には無関係だそうですが、名称を市民から公募して「ニューグランド」に決まったそうなので、そこにはグランドホテルの栄華が残り香として漂っています(この事実は、
横浜近代建築アーカイブクラブさんのサイトで知りました)。
下はグランドホテルが客に配っていた横浜市街地図。
地図の左上に見えるのが、海岸べりに立つグランドホテルの外観。
当時は居留地返還(1899年に実現)前で、地割には細かい「居留地番号」が振られています。グランドホテルは、居留地番号18〜20を占めていました。
参考までに、上の地図とほぼ同じ範囲を示すグーグルマップを貼っておきます。
特徴的な形の「イングリッシュ・ハトバ(波止場)」は現在の「象の鼻パーク」、その上の「クリケット場」が「横浜スタジアム」に相当します。あとは推して知るべし。ちなみにグランドホテルがあったのは、「横浜人形の家」の場所になります。
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