エフェメラ、すなわち「消え物」。
日本語で「消え物」というと、お土産や贈り物を選ぶときに、消費すればなくなるお菓子なんかをイメージして、「まあ、消え物がいいんじゃないの」…とか言うときに、もっぱら使うのかもしれません。
でも、古物業界では、チラシやパンフレットのように、本来その場限りで消えてなくなる紙モノの類を「エフェメラ」と呼び、意味はずばり「消え物」です。エフェメラはエフェメラルな存在であるがゆえに珍重され、そういう品を熱心に収集するコレクターがいます。
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では、こんな品はどうでしょう?
(紙面サイズは約5×12cm)
黒板に残された講義のあと。
この写真を撮ったあと、すぐにも消されてしまったであろう、数式たち。
人間の思念が外部に実体化した白墨のアート。
そこで展開された口舌の技。
――その残り香が、ここには感じられます。そして、これこそエフェメラ中のエフェメラじゃないでしょうか。
なぜ、わざわざ板書の写真が撮られたかといえば、これを書いたのが相当な傑物だったからです。すなわち、天体物理学者のフレッド・ホイル(Sir Fred Hoyle, 1915−2001)。
写真裏のメモには、「ホイルによる講義(コロキウム)終了後の黒板。ケンブリッジ天文台にて。1959年5月」と書かれています。
ホイルはビッグバンによる宇宙開闢を否定し、その考えを否定する立場から、この「ビッグバン(大ぼら)」という用語を最初に使い始めた人として、何となく不名誉な形で、その名を知られていますが、ホイルが傑物であることに変わりはなく、その主たる業績は、恒星内部での元素合成の理論にかかるものです。
彼は1945年から73年まで、ケンブリッジで研究生活を送り、この写真が撮影された前の年、1958年には、同大学の天文分野における一番の顕職である「プリュミアン教授」に任命されています(1704年にトーマス・プリュームという人の発願でできた、一種の冠講座です)。
肝心の数式の意味が分からないのは、かえすがえすも残念ですが、それでも宇宙の真理を探るべく奮闘した、時代の傑物の体温が、そこからじんわり伝わってくるようです。
なお、この写真はケンブリッジ天文台の内外を写した、他の数枚のスナップ写真とセットで売られていました。売り主のお父さんは、ホイルと共に働いた同天文台のスタッフだそうですが、その名は聞き漏らしました。
【おまけ】
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