逝く年の思い出に
2017-12-29


なんだかずいぶん長い時が経ったような気がします。

旅先で拾った風邪が予想外に長引き、この間、ずっとぼんやり過ごしていました。別に高熱を発してうなされていたわけではありません。でも、身体がどこか本物でないような感じがして、文章を書くことを控えていました(こういう時は、自分の書く文章が、ひどくつまらなく思えます。)

ひょっとしたら、「ジジイ」というような、汚い言葉を使った罰が当たったのかもしれません。風がうなり、雪が降りしきる音を寝床の中で聞きながら、言葉というのは、もっと丁寧に――お上品という意味じゃありません――使わねばならん…と、反省したりもしました。

   ★

ゆく年くる年の話題もすでに早すぎるということはないでしょう。
下は「1908年12月23日」の消印が押された年始カード。

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月男が手にした灯りに照らされて、時の流れを司る天使たちが、土星の輪っか?をクルクル回して遊んでいます。時刻はただいま午後11時55分。鐘の音とともに、新年が訪れるのももうじきです。

「どうか実り多き良き年を!」

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   ★

…というような、通り一遍の記事で年を締めくくってもよかったのですが、その後、上の絵葉書の「続編」を見つけて、また少し気分が変わりました。

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時刻は移って、新年を迎えた午前0時5分です。
今度はラッパを手にした、まん丸の月がやってきて、天使たちにご挨拶です。

「新年おめでとう!」

この絵葉書が投函されたのは、1910年3月15日。別に年末でも年始でもないのですが、それでもこの送り主はどうしても、この年始カードを知人に贈りたい思いに駆られました。

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「このカードは母が永遠の世界に旅立ったとき、彼女の手元に残されたものです。」

元の持ち主によって、決して出されることのなかった形見のカード。
そのふくよかな笑顔に、送り主は亡き人の面影を見ました。

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("Mother")

なんだか粛然とします。

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