これは風俗史的に面白い歌です。七夕の晩、たらいに張った水に牽牛・織女を映して、二星の行き合いを見守るというのは、江戸時代の絵でよく見ますが、その起こりは江戸よりはるか昔に遡るようです。
(伊東深水画、「銀河祭り」(1946)の絵葉書)
「澄んだ水に映る星影」というのが、清らかなイメージを喚起しますが、水鏡に星が映るぐらいですから、昔はよっぽど空が暗く、星が明るかったのでしょう。
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ちょっと毛色の変わったところでは、下の歌は、その着想において光っています。
天河 これやなか〔流〕れの 末ならん
空より落る 布引の滝 (金葉和歌集/よみ人しらす)
「布引の滝」は、今の新神戸駅の近くにある名滝で、古くからの歌枕。
どうどうと音を立てるこの瀑布は、天の川の遥かな末流である…と想像の翼を広げています。
(一昨年、神戸を訪れたときに見た布引の滝)
中国には、黄河をさかのぼると銀河に達するという観念があったことを、以前書きましたが(
[URL])、あるいはそれに影響されたのかもしれません。しかし、発想は似通っていても、彼方の悠然たる大河に対し、冷たいしぶきを上げる滝を持ってきたところに、両者の風土の違いがよく出ています。
これは都人の机上の作だと思いますが、それだけにとどまらない、幻想味の濃い、鮮烈な良い歌です。
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…こんなふうに挙げていくと、「名歌なし」と言いながら、結構な数の歌を挙げることになってしまうので、最後に本当のメモを書き付けておきます。
これも以前の話題ですが(
[URL])、『銀河鉄道の夜』に登場する、銀河のほとりに群生するススキの原に関連して、そのイメージは賢治以前から、日本の文芸の世界に伝わってきたものと推測したことがあります。
そのときは、江戸時代の短冊一枚からそう思ったのですが、『七夕和歌集』に他の類例を見付けたので、ここに挙げておきます。
七夕の 行あひになひく 初おはな〔尾花〕
こよひはかりや 手枕にせん (新続古今和哥集/前大納言為定)
手枕は共寝の謂い。いかにも艶なる歌です。
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