文化を覗き見ること、最早叶わず。
2016-03-06



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高さ20センチの古い木箱。

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上下スライド式の扉には「文化顕微鏡」の文字。
この品は、過半この古風な文字に惹かれて買ったようなものです。

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中身は当然ながら顕微鏡。

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接眼レンズも対物レンズも固定された、戦前の児童・生徒用の小型顕微鏡です。

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それにしても、時の流れの何と容赦ないことか。
かつて子供たちの憧れを一身に集めたであろう、つやつやしたボディも、今や錆と剥げが著しく、無残な姿です。

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その鏡の面はすっかり曇り、

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もはや文化の影を映さず。
嗚呼、文化教養ノ果ツルトキ、文化顕微鏡モ亦其ノ身ヲ空シクセムト欲スル乎…

   ★

ときにこの文化顕微鏡。
その大時代な名称と箱の書体から、いかにも明治・大正チックな匂いがしますが、特許番号を頼りに調べたら、昭和3年(1928)に作られたもので、存外新しいものでした。

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何が新案特許で、何が文化かというと、光学系は特に関係なくて、鏡筒を上下してピントを合わせるラック・ピニオン機構に一工夫した点が新しい…ということのようです。

[顕微鏡]

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