「星を売る店」の神戸(2)…すみれ色のバウ
2015-06-11


日が山の端に隠れると、港の街には清らかな夕べがやってきた。私は、ワイシャツを取り替え、先日買ったすみれ色のバウを結んで外へ出た。

これが「星を売る店」の書き出しです。
港町、清らかな夕べ、洗い立てのワイシャツ、そして菫色のボウタイ
おそらく、こうしたものが足穂にとって神戸を象徴するものであり、この作品の基調音を奏でるものなのでしょう。

それに何と言っても、すみれ色はタルホ色ですから(彼はいろいろなところで、菫色を持ち上げています)、足穂の神戸を訪ねるには、ぜひ「すみれ色のバウ」をしなければいけません。

ただ、世間に紫色の蝶ネクタイは、いくらも売っていますけれど、本気であの世界に入るには、やはりそれなりの身ごしらえが必要です。
そう思って、ネット上を徘徊した末に見つけたのがこれ。

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戦前、おそらく1930年代のシルクのボウタイ。
古いものなので、ちょっとヨレっとしていますが、これは何とかしようがあるでしょう。

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この「すみれ色」は、赤と青を混ぜて織り出してあります。
原作では「バウを結んで」とあるので、シュルシュルと上手に結び目を作ったのでしょうが、これは最初から結んであるのを、クリップでカラーに留めるだけのタイプ。恥ずかしながら、私はこれまでの人生で蝶ネクタイをしたことは、ただの一度もありませんが、これなら簡単です。

さて、身ごしらえが出来たところで、涼しい夕風の吹き上げてくる、神戸の山手へ―。

   ★

…とまあ、こんなふうに瑣末なことにこだわりつつ、星を売る店を目指します。
それにしても、この4月以来の「星店」への傾倒ぶりというか、迷妄ぶりは、我ながら大したものです。

このボウタイは、イギリスの人から買いました。
他にも、日本から西回りに、中国、インド、レバノン、エジプト、ブルガリア、ハンガリー、ドイツ、イタリア、フランス、そしてアメリカと、私は電子と情報の流れに乗って、この惑星のあちこちを巡り、「星店」に至る手立てを求め続けました。これほど短期間に、これほど多くの売り手と交渉したのは、かつてないことです。

益体もない吹聴をして恐縮ですが、「星店」ファンであれば、このつまらぬ自慢にも耳を傾けて下さることでしょう。少なくともそれによって、この夕べの散歩に有ってほしい異国の情調は、十分備わることになったのですから。

(この項つづく)

[稲垣足穂]
[アクセサリ]

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