夏休み明けの地下鉄のホーム。
「おはよう、ご無沙汰だな。」
よく徹る快活な声を発した水蓮は、遅れたことを詫びたあとで、額に落ちた髪を、いつものように小さく頭を振ってうしろへはねあげる仕草をした。(p.12)
水蓮が左目に大きな眼帯をしているのに驚きつつも、再会を喜ぶ銅貨。
でも、各学校がいっせいに始業式を迎えるこの日は、ホームも、車内も大変な混雑で、ゆっくり話をすることもできません。
「うんざりだな。学期はじめはいつもこれだ。皆が同じ時刻に集中する。
手巾〔ハンカチ〕を出して額を拭いながら、銅貨は顔をしかめてみせた。
「だったら降りないか。こんな馬鹿げた乗り物。」
水蓮はこともなげに云う。(p.13)
こうして二人はあっさり学校をサボる算段をして、地下鉄の駅を出て、地上へと向かうのですが、その途中にちょっと人目を引くモノがあります。
改札を通り抜けたあとはもう誰にも逢わず、少年たちは地下広場にたどりついた。
そこは円蓋〔ランタン〕のある広場で、磨り硝子を透した日射しは、あたりにうっすらと注ぐ。中央駅〔セントラル〕との連絡路、地上への出口、地下鉄のそれぞれの路線へ降りる階段が放射状に並んでいた。〔…中略…〕地球独楽〔ごま〕のかたちをした黄金色〔きんいろ〕の電動式オブジェが、広場の中央でゆっくり回転していた。ヴィーン、ヴィーンという音は妙な具合に銅貨の胃を刺激した。朝食を抜いているのと、暑さのせいらしい。(pp.15-16)
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地球ごまには、「懐かしいおもちゃ」という顔もあり、「ジャイロスコープの原理を学ぶ理科教具」という顔もあります。
とはいえ、実際に地球ごまでジャイロスコープの原理を感得するような聡い子は少ないでしょうから(私もその例にもれません)、多くの人にとっては、ちょっと変わった玩具という以上の記憶はないでしょう。
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