(今日は字ばっかりです。)
よう、どうだい仕事の方は。
ああ、君か。久しぶりだね。うん、おかげさまで大きなイベントも終わったし、ちょっと一息つけそうだ。
そいつは何よりだ。なのに、なんだか難しい顔をしてるじゃないか。
うーん、今ちょっと部屋のことを考えてた。
部屋って、この部屋のことか。そういや相変わらず散らかしてるな。
うん、前よりもっと散らかってるかもしれない。でも別に散らかしてるわけじゃないよ。自ずと散らかるのさ。
妙なところにこだわるな。
いやいや、「散らかす」のと「散らかる」のとでは大違いだよ。なんせ精一杯片付けようとしても、このありさまなんだから。まあ、僕の努力も多としてもらわなくちゃ。
わかった、わかった。で、その「自ずと散らかる部屋」を、どうにかしようってんだな。
いや、まあどうしようもないけどね。
じゃあ考えるだけ無駄じゃないか。
ただね、これからの買い物のことはよくよく考えないといけないと思ってさ。
ほほう、というと。
ちょっと前まではね、この「理科室風書斎」、あるいは「ひとり驚異の部屋」には永久に完成が訪れないと思ってた。つまり永遠の未完成形だと。でもね、この頃はなんだか買うべきものは全て買ってしまったような気がする。
恐ろしいことを、しれっと言うね。そりゃ本気かい。
半ば冗談だけど、半ば本気さ。だってさ、考えてもごらんよ。まずメインとなる天文古玩まわりの品といえば、天球儀と望遠鏡、星図、星座早見、それに天文古書ぐらいだろう。あとはちょっと気張ってオーラリーとか。もちろん、それぞれ数も種類も無数にあるよ。でも、それをずらずら並べれば、それだけいっそう「天文古玩的佳趣」が増すかというと、そうでもないしね。切手集めじゃないんだから、物量それ自体にあまり意味はない。そうは思わないか。
なるほどな。でも、古書についてはそうとも言えんだろう。その道を極めるには、万巻の書が必要じゃないのか?
本気で極めようと思ったらね。でも、僕の場合そうじゃないし。古くゆかしい天文世界をのぞき見ることができれば満足するんだから、一通りの一般書と、ちょっと特色のある本、愛らしい本が幾冊かあれば、それで十分足りるのさ。
ふーん、そんなもんかね。
それに天文古書の世界になじむに連れて分かってきたけど、結構パクリ本も多くてね。彗星にしても、惑星にしても、星雲にしても、迫力のある画像のソースは限られているから、結局みんな似たり寄ったりになるのは止むを得ない。だから、本当に特色のある本は、そう多くはないと思うんだ。ビジュアル面にこだわった天文書というのは、18世紀以前には美麗な星図帖を除けばまれだし、そういう星図帖には、資力の点でハナから縁がない。となると、19世紀の大量印刷本が主な購入対象になるから、そう滅茶苦茶値が張ることもないし、ぽつぽつ気長に買い続けていれば、数年もすればひと通りはそろうものさ。
そう言われると、なんだかもっともらしいな。
まあ、そんなわけでね、選りすぐりの名品とは無縁にしても、それらしいものが居並んでいるぐらいの状態なら、小市民でも何とかできようというものじゃないか。
だけど、お前さんの好きな理科室やら驚異の部屋やらを考えたら、それだけじゃ済まんだろう?
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