唐突に化石の話題です。
化石そのものというよりも、「化石趣味」の話。
化石趣味も、昔と今とで大きく様変わりしたものの1つだと思います。
(化石ファンの実態を知らないので、以下、想像まじりに書きます。)
今はお金さえあれば、アンモナイト↑でも、マンモスの臼歯↓でも、モロッコ産のトゲトゲした三葉虫でも、中国貴州産のナントカでも、何でも買い放題で、簡単に自分の手元に置くことができます。化石ファンの発掘フィールドは、今やミネラル・ショーの会場だ…と言っても、あながち間違いではないのでは。
でも、かつての化石趣味は、だいぶ趣が違いました。
そもそも化石は買うものではなく、自分で採集するものでした。(もちろん今でもそれが本当の化石マニアだという通念はあるのでしょうけれど、実態として、買ってコレクションする人の方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。これまた純粋な想像ですが。)
下の本を読むと、一層その感が深いです。
■井尻正二・藤田至則(共著)
化石学習図鑑
東洋図書、昭和32(1957)
この本の「はじめに」を読むと、当時の状況がこう綴られています。
「戦争が終わってから、理科のなかに、“地学”という課目がうまれました。そして、また、女の子も男の子と同じように勉強することができるようになったためか、地球のことを勉強するお友だちが、おおくなってきました。」
おお、民主教育の波がここにも。
「とくに、戦後には、デスモスチルス・シーラカンス・雪男などという、大むかしの生物に関係した発見がつぎつぎにあったので、みなさんは、大むかしの生物、つまり、“化石”のことに、大へん興味をひかれたことでしょう。」
雪男はご愛敬としても、ジャーナリスティックな発見の後、メディア主導で一種のブームが作られ、それが子供たちの世界にも波及していく…というのは、その後の一貫した流れでしょうが、ただ何といっても昭和30年代なので、そこで展開するのは、健全というか、素朴というか、ある意味驚くような世界です。
たとえば、第2部「化石の採集」には「日曜巡検」という章があります。
「東京でも、大阪でも、北のはての札幌でも、日曜日になると、リュックサックを肩に、手に手にハンマー(金づち)をもった小学生・中学生・高校生があつまって、近くの山や川へ、地層や岩石や化石の見学にでかける姿がみられる。」
え、そうだったんですか。
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