プラハの3人の男

コメント(全3件)
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S.U ― 2025-09-14 09:53
「ケプラー疑惑」というのは昔からあるんでしょうね。それ自体、興味あることだと思います。
 ここから先は私の想像ですがね・・・、ケプラーが彼が興味を持っていたかもしれないコペルニクス説の証明をしようと思ったら、『天体の回転について』とラフなティコモデルの太陽系図で、ケプラーの第3法則を発見することが絶対的証拠としての必要十分であって、それは、第3法則のアイデアを持った時点ともだいぶ時間差があるので、その動機ではデータを盗んだりましてや手を下すほどではないと思います。ただ、精密データ解析による宇宙観のパラダイムシフトをこの時代に見抜いていたら話は別ですが。冒頭の題の書物は読んでいないので詳しいことはなにも知りません。
玉青 ― 2025-09-15 11:08
私もなまかじりで書きますがね(笑)…どうも『ケプラー疑惑』を読むと、ケプラーは第一主著『宇宙の神秘』(1595)の証明を得るために、ティコのデータを何としても手に入れたかった、それがティコに接近した最大の理由であり、「毒殺」の動機でもあった…ということらしいです。その流れでいうと、ケプラーの3法則の発見は、その(果たせなかった)証明の過程で生まれた副産物だったことになるんですが、それが歴史的に正しい理解かどうかは、もはや想像の埒外でして…
S.U ― 2025-09-15 15:30
そういうことなんですね。ケプラーは、各軌道の軌道半径の比を確定したかったことになりますが、元来のプトレマイオスモデルでは、比を観測から確定することはできないので、データがほしかったということは、ティコかコペルニクスの体系の原理に移るという決断をせざるを得ず、古典的な球殻モデルの関係ではジレンマを抱えたことでしょうね。真実はわかりませんが、ジレンマを抱えたことは史実なように思います。

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