ジョドレルバンクの話
2025-08-17


といい、ジョドレルバンクを一から作り上げた電波天文学者です。したがってジョドレルバンクの電波望遠鏡も、彼の名をとって「ラヴェル望遠鏡」というのが、その正式な名称です。

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(上掲書より。左はラヴェル、右はソ連の天文学者アラ・マセヴィッチ、1960年)

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(手元の本には著者の献辞が入っています。「To Dr Keller, on the occasion of his visit to Jodrell Bank 14 November 1970 Barnard Lovell」。ラヴェルはかなり奔放な字を書く人ですね。なおケラー博士は未詳)

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例によって、私はラヴェルのこの本も買っただけで満足して、積ん読のままになっていました。それをこの機会にパラパラしてみたわけですが、そこで強烈な印象を受けたのは、この本にしょっちゅう「お金の話」が出てくることです。

章題だけ見ても「最初の財政的危機」に始まり、「25万ポンドの負債」とか、「財務省と公会計委員会」とか、「財務問題解決に向けて」とかいった具合。私は勘違いしていたのですが、ジョドレルバンクは国費を投入した事業ではなく、ラヴェルの熱誠に支えられえた、文字通り徒手空拳のプロジェクトで、一部の熱心なサポーターがいたおかげで、ようやく日の目を見た存在だったのです。

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(上掲書より。Papas画、ガーディアン紙掲載の一コマ漫画)

しかし、イギリスの人々はラヴェルの壮挙を支持しました。上の絵はラヴェルを皮肉るものではなく、むしろ三軍には気前よく予算を配分するのに、ジョドレルバンクは放置している政府を批判する趣旨の絵です。

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瀕死のジョドレルバンクが突如息を吹き返したのは、当時の宇宙開発競争のおかげです。ジョドレルバンクの電波望遠鏡を使えば、人工天体の位置を正確に観測追尾できることが証明され、途端に「有用の長物」となったからです。そして上記のような大衆の支持もあり、ついにジョドレルバンクはイギリスの誇りとされるまでになったのでした。

まあ、人工天体の件はジョドレルバンク建設の本来の目的では全然なかったので、偶然の賜物といえばそうですが、「天は自ら助くる者を助く」で、ここはラヴェルの熱意が天に通じたのだと考えたいです。

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(上掲書見返しより)

Jodrell Bank、すなわち「ジョドレルの丘」とは、エドワード黒太子とともに百年戦争を戦った弓兵、William Jauderellの名に由来し、かつてその所領だった場所だそうです。ラヴェル望遠鏡は、古の弓の射手よろしく、今後もその地で天空をにらみ、パラボラの弧を構え続けることでしょう。


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