前回の記事に掲げた表を見ると、北海道は日食の名産地のように思えますが、1936年(昭和11)以前に同地で見られた皆既日食は、さらに40年前の1896年(明治29)までさかのぼります(しかもこの時は悪天候に祟られて、ほとんど観測不能でした)。
のみならず、範囲を日本全土に広げても、この間皆既日食は見られませんでしたから(注1)、この1936年の日食は、列島の住人にとって40年ぶり、あるいはそれ以上に久しぶりの天文ショーだったわけです。
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当時発行された小冊子が手元にあります。
■東京朝日新聞社北海道販売局(編集・発行)
『日食を見る―北海道観測記念』
昭和11年7月7日印刷、同7月12日発行
写真主体のグラフ誌の体裁をとった、全16頁の薄い冊子です。
表紙のレタリングがいかにも洒落ていますね。
冒頭の「北海道日食観測陣」の紹介は、なかなか壮観です。
この日食には、東京天文台の7班を筆頭に、京都花山天文台(3班)、東京文理大(3班)、海軍水路部(2班)がそれぞれ複数の隊を派遣したほか、東大天文学教室、同・物理学教室、京大宇宙物理学教室、同・地球物理学教室、東北大天文学教室、同・物理学教室、東京工業大、広島文理大、北大医学部、海軍技術研究所、理化学研究所、海洋気象台、中央気象台、東京科学博物館、逓信省無線課、逓信省電気試験所、水沢緯度観測所、そして五藤光学研究所から各1隊が参加していました。
(当日の日食帯。北海道東北部、オホーツク海沿岸をなぞるように延びていました)
さらに海外に目を転ずれば、アメリカ、イギリス、オーストリア、ポーランド、チェコスロバキア、および中国の南京中山天文台と北平大学の観測隊がそれぞれ来日し、北の大地で黒い太陽を待ち設けたのでした。
(「上斜里〔かみしゃり〕に於ける外人部隊の記念撮影」)
(右上「雄武〔おうむ〕小学校の京大日食観測班」、右下「東北帝大班の松隈博士(小清水にて)」、他)
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