「以上述ぶるが如く僅に薔薇の一株に於てすら、斯くの如き種々の事実を見出したり。尚能く注意して観察する時は、更に幾多の面白き事実の潜伏するものあらん。是等の研究より漸次広大なる区域に及び、愈々進んで一般生物界の関係をも詳察せば、如何に愉快に如何に有益なるべきやは、到底想像の及ぶべき事にあらず、予は祖父の培養せる庭前の薔薇を害する虫類を除かんと欲して、其種類並に性質を研究する傍、意外にも他に有益なる事実を発見して、生物界の大体をも想像することを得。始めて薔薇の害虫も一概に悪(にく)むべきものにあらず、却て植物をして、下界より上界に遷し、美花を開くに至らしめし大効あることをも知るに至れり。
爰(ここ)を以て仮令(たとへ)目下は有害虫なるにもせよ、直に之を補殺するの念慮を廃し、遂に其侭(まま)に為し置きて他日研究の材料に供したり。噫(ああ)覆載間の事は深遠幽渺にして容易に窺知すべからず。薔薇の一株は真に大洋の一滴のみ。吾等の耳目に触れ、吾等の脳髄に感ずる所のもの、何物か研究の材料たらざらん。観察の宇宙は広く、研究の余地は多し。豈に努めずして可ならんや。」
彼の態度は博物学的であり、そして生態学的でもあります。
生物の網の目が生みだす絶妙のバランスと、それを可能にした進化の神秘。彼は昆虫を切り口に、そうしたものに強く惹かれていったのでしょう。応用昆虫学を表看板に掲げながらも、その関心の的は、「害」も「益」もなく、昆虫の生き様そのものだったように思います。
その点で、彼は確かに「虫屋」には違いないにしても、単なる昆虫採集趣味の徒とは大きく隔たった、ファーブル気質の人でした。
★
小西正泰氏の『昆虫の本棚』(八坂書房)によれば、名和靖については、戦時中に2冊の伝記(いずれも子供向けのもの)が出ているそうです。
○平野威馬雄『名和昆虫翁』(学習社、1943)
○木村小舟『昆虫翁・名和靖』(童話春秋社、1944)
彼はずいぶん昔から「昆虫翁」の尊称で、偉人化・伝説化されていたようですね。その点もファーブルっぽい。
★
なんだか「おまけ」の方が本編より長くなりましたが、夏なので昆虫の話題に力を入れてみました。
********************************************
【余談1】
かつてNHKが名和のドキュメンタリードラマを作ったことがあるそうです。奥田瑛二が名和を演じたようですが、これはちょっと見てみたいですね。
【余談2】
ウィキペディアのリンクをたどったら、浅草の大衆演劇場 「木馬館」 の前身は、「通俗教育昆虫館」 という名の昆虫博物館で、その設立者が名和だと書いてありました(明治40年開館)。「えええ!」とビックリ。