コメント(全3件)
1〓3件を表示
S.U ― 2009-01-08 05:38
玉青様、
>暦自体は江戸時代と全く変わりません。恵方や吉凶の情報がびっしりと書かれています。かつては、官が自らこんな暦を作ってたんですねえ。
面白いですね。ところで、江戸期も明治も、民間が暦を勝手に発行することはご制禁だったと思いますが、明治初頭ではそれはどれほど厳しく取り締まられていたのでしょうか。
もし、民間刊行の暦(いわゆる「お化け暦」)がないなら、大衆の需要に従って官暦にこのような暦注をいれざるを得なかったのかもしれません。また、民間暦が出まわっている場合はそれに対抗するためにはなおさら暦注が必要だったでしょう。頒暦もけっこう「人気とり商売」だったのでは、と想像します。
S.U ― 2009-01-08 05:42
玉青様、"Wikipedia"でみますと、”いわゆる「お化け暦」”は、太陽暦制定後以降の民間刊行暦に限って、そう呼ぶ習慣のようですので、明治4年はこれに該当しませんので、訂正します。(江戸〜明治5年までのものは何と呼ぶのでしょうか)
玉青 ― 2009-01-08 20:08
暦のことは全く無知なのですが(←それでも記事に書く厚顔さ)、明治の初め、暦版行の特許料(冥加金)は、歳入として無視できぬ額だった…と聞けば、やはりお上の取り締まりも相当厳しかったんじゃないでしょうか。何と言ってもお金が絡む話ですから。
その後、お化け暦が跋扈した背景には、暦注への大きな需要があったわけですが、「出せば売れる」ことがはっきりしていたのに、その誘惑をストイックに退けたところに、近代国家としての意志を感じます。
セ記事を書く